「経皮的カテーテル心筋焼灼術」による
発作性上室性頻拍の根治に挑む
まえがき
 私は名古屋から大阪に移り住み、その生活環境の違いからかなり体重を増やしてしまった。それを解消するためにジョギングを始め、それ以来走ることにはまりこんでマラソンレースに出るようになった。しかし、大学の教職を定年退職する頃からレースやトレーニング時に突然心拍数が高くなる現象(頻拍)が見られるようになり、それをなんとかしたいという夢が長年私の頭を占拠し続けてきた。そこで2年ほど前から大阪大学医学部附属病院の循環器内科を受診し相談に乗っていただいていたが、問題はランニング時に発生するためにその心電図がとれず原因を特定することができないことであった。そこで今年の夏8月に1週間大阪大学医学部附属病院の循環器内科に入院した。そして無線で心電図を記録できる心電図計を付けて院内のトレッドミルで走ることになった。1回約10キロを1時間ほどかけて走ることを試みたが、2度目に207まで心拍数が上がるという現象をキャッチし、その発生の始めから平常値に戻るまでの2時間半以上の心電図の全記録をとることができた。そのデータによれば、心臓を規則正しく動かす洞房結節というペースメーカーの信号を心房から心室に受け継ぐ房室結節周辺に、心室を収縮させるための信号を再度繰り入れて結果的に収縮頻度を上げてしまう異常伝導路回路の存在が予想された。その経過については私のブログ(「中西康夫の日記帳」)に書いた(http://www.unique-runner.com/blog/diary.cgi?no=90 )。今回の入院による検査・治療はその続編である。 これが皆さんのお役に立てば幸いである。
不整脈とは?
 心臓はときにゆっくりとときに激しく拍動して、必要に応じて血液を全身に送り届ける。しかしいずれの場合にもその拍動は規則正しく行われるが、それが不安定になったり、異常に早く拍動したり異常に遅く拍動したりすればそれは「不整脈」という一語にくくられることになる。不整脈は加齢に伴って増加し、不整脈を持たない高齢者はいないと言われるほど一般的であるが、本人が自覚できない程度の場合はよいとしても本人が不快に感じる場合には不安なものであり、また、重度の場合には直接生命に関わることになる。私の場合には、最も高くなったのは1分間に150台から200台にジャンプした時で(ある時期から胸に発信器を付け、受信機になっている時計に飛ばして心拍数を観測してきた)、その程度まで上がると走ることはできるがかなりの疲れを感じ、結果として運動機能に大きな影響を与える。私の場合には幸い血圧低下をもたらさなかったので安全であったが、どの不整脈でも、いつもそうであるかは保証の限りでなく、また異常な血液の流れで血液凝固を引き起こす可能性もありで嫌らしい。血圧が下がれば意識朦朧となり、脳などに血栓ができれば大変で、一般的に言えば、不整脈は治せるものは治したいのである。
心臓の拍動はどのように制御されているか
 心臓はそれを体外に取り出しても自律的に拍動するほど自立性が高い。それは下図にも書かれているように、右心房上部の上からの大きな静脈との接合部付近に洞房(洞)結節という部域があって、そこの細胞集団が自律的に心筋を拍動させる電気信号を発信しているからである。そこが1分間に60回の信号を発信すれば正常の場合には心拍数は60回になるのである。ただし、刺激(電気信号)が伝わる仕組みはかなり複雑である。心臓は上の部分に心房が左右にあり、その下の部分が心室で左右にある。全身の血液が静脈を通して戻ってくるのは右心房(図では向かって左側)で、全身に血液を送り出すのは左側(向かって右側)の心室からである。血液の流れは次のようになる。

 全身からの血液は、上および下大静脈→右心房→右心室→肺動脈→肺静脈→左心房→左心室→大動脈から全身へ

さて、洞房結節の電気信号は特別な伝導路を持たない心房内を心房の心筋をゆっくり収縮させながら伝わり、心房と心室の境界に位置する房室結節に収斂し、そこから速い刺激伝導路であるヒス束、プルキンエ線維を経て心室の心筋を収縮させる。これがあらすじである(下図参照)。
カテーテルを用いる心臓内電気伝導路の解析と治療
 以下の部分では、医師ではない素人の私が理解したことであるので、専門的にはふさわしくない表現があることをお許し願いたい。カテーテルというのは管ともいわれるが先端部分の数カ所に電気信号のセンサー部分や電気刺激を与える部分、あるいは組織を焼くための高周波を発生される部分などを持つ直径2 mm程度の細いもので、最初に血管に挿入する部分をシースと呼び、いろいろあるようであるがその部分はボールペンくらいの太さのものを想像すれば良さそうである。
上の図をご覧いただきたい。私の場合、そのようなセンサーや心筋に刺激を与えるために通電できる先端を持つカテーテルを右脚の付け根の大腿静脈から下大静脈を通して3本(@、A、B)、右上腕静脈から上大静脈を通して1本(C)を入れ、右心房上部(@)、右心室下部(A)、冠状静脈洞(C)にそれぞれ1本、そして最も異常伝導路が存在すると思われる房室結節―ヒス束の近くに一本(B)を置き、心臓を様々に刺激しながらどのような刺激伝導路が存在するかを詳細に観察し、その部域を精密に決定し、高周波による焼灼、つまりは電子レンジのようなものによる焼灼の手続きに入ることになる。なお、左心房左心室周辺の異常部域を観察するために冠状静脈洞にCとしてカテーテルが置かれているが、これは心臓を裏側から見た下図に見られる横に走っている青くて太い静脈で冠状動脈から心臓を養育して集まってきた血液を右心房に戻すための血管で、その中に留め置かれたものである。なお、この図の右側に上からと下からの大きな静脈が2本あり、それぞれ上大静脈、下大静脈でカテーテル導入に使われたものである。
カテーテルによる検査・治療の実際
 このような検査・治療は、「経皮的カテーテル心筋焼灼術」と呼ばれるものである。その説明書にはつぎのように書かれていた。「カテーテルという管を用いて心臓の中の異常な伝導路(電気信号の通り道)や頻脈の原因となっている部分を焼灼します。完全に焼灼できれば頻脈は根治できます」。焼灼とは焼くことであるが、特に病気の組織を焼いて治療する目的に使われる。しかし一方では、手術自体の危険性や術後早期に考えられる合併症についても書かれており、担当医師から詳しい説明を受けた。1%以下とも0.3%程度とも言われる危険性については医師を信頼して臨むことにした。
 手術は11月1日午前7時の生理食塩水の点滴から始まった。これは水分補給や検査・治療の投薬経路でもあるが、同時に緊急時のための血管確保であり、この医療行為ではそれなりに様々なことが起こりうることを想像させる。また、時間がかなりかかることが予想されるために尿をとる管を膀胱まで入れて自室で待機した。そして9時にカテーテル室あるいは血管撮影室とも呼ばれ、テレビなどで見る大がかりな手術室にベッドのまま運ばれ、手術台に移されて手術が始まった。
 まず、大腿のつけ根の右下腹部と右腕の静脈部分を十分に消毒して局所麻酔し、上に記したように大腿部(鼠径部)の大腿静脈から3本、右腕の上腕静脈からは1本のカテーテルを静脈に入れて検査開始となった。カテーテルを入れる部分のシースと呼ばれるところはかなり太く、3本も入るとかなり圧迫感があるが我慢の範囲、想定内である。この時点ではまだアブレーション(焼灼用)カテーテルは入れておらず、まず検査から始まった。4本の電極カテーテル(通電用の部分とセンサーを内蔵する)を使って様々に刺激したが結局は頻拍を誘導できなかった。そこで私の頻拍が通常ランニング時に発生することから、やはりランニングという交感神経が活性化されている状態を薬剤(イソプロテレノール)で擬似的に作り出した上で電気刺激すると、高い頻度で頻拍を誘導できた。そして、頻拍の原因となる異常伝導路の部域を特定した。正確な病名は“房室結節回帰性頻拍”である。
私の場合の頻脈発生の機構は?
 これは私にとっては凄く難解な現象であった。いまでも難解であるが、おおよそ理解したと思われることを図を使って示してみたい。図.3は、その上部は洞房結節から発信された電気信号が心房筋を収縮させながら心室につなげる房室結節部域に入ってくるところから書かれている。その下に丸く書かれているのはその伝導路はなぜか間に絶縁体を含んだ何ものかに2つに分けられている様子を表している。ひとつは正規の伝導路(優先的に使われている)で速い伝導路と言われ、もう一つは理由は不明であるが遅い伝導路と言われるものである。特に遅い伝導路と言われるものはその実体がブラックボックスであり、ある種の概念上の伝導路であると言われる。
さて、Aの正常の場合には、入ってきた電気信号は正規のルート(速い伝導路)を通って心室筋に送られ、心室筋を正常にリズミカルに収縮させる。しかしBのように、もし正規のルートになんらかの理由で電流が流れることのできない瞬間が発生したとすると(赤い×で表してある)、その電流の行き所はもう一つの遅い伝導路と言われる方へ流れることになる。このように伝導路を構成する細胞は、神経細胞などと同じように、その細胞が刺激を伝達する時にはそれなりの準備が必要で、その瞬間の細胞にとって準備が十分でない時に信号が流れてきても、それを次の細胞に送ることは不可能なのである。
 私の場合にはどうであったかと医師の方々の話から推測すると次のようになる。たとえば次のように言えばなんとなく理解できそうである。つまり、信号がトン・トン・トン・トンと規則正しく、しかも伝導路細胞が処理できるような頻度でやってくる時には問題はないが、私がかなりの速度で走ってきて心拍数が、つまりは拍動を起こす信号の頻度が高くなってきた時に、突然なにかの弾みで(あとで少し議論したい)かなり速い信号が、ト・ト・ト・トと送られてしまった場合には、伝導路側の対応が間に合わず、その場に突然の「不応期」が発生する。そうなると電気の流れは行き場を失い、もう一つの相対的に「遅い伝導路」に雪崩れ込むことになる。しかし、その2つの伝導路が合流するところにやってきた信号は、速い伝導路はもはや不応期ではないのでその伝導路を逆に廻ることが生じてしまうのである(C)。これが「頻拍」である。そしてこの回路を電流がしばらくの間流れ続くこととなり、元々高い頻度の信号から発生した電気の流れであるために洞房結節からの正常の遅い信号が流れてきてもそれが速いサイクルの中に入り込むことがなかなかできず、かなりの時間持続することになるのである。これが私の考え得る最も分かりやすい理解である。本当に正しいかどうかはまだまだ分からない。
遅い伝導路をカテーテルアブレーションで除去する
 ここ7-8年の間苦しんだ頻拍、その発生の状況はなかなか興味深いものであった。特にレースに臨んだ時に発生した状況はほとんど覚えているし、そうでなく普通のトレーニング時に発生したものでも忘れはしない。最も多いのは、マラソンの後半で股関節あるいは腸脛靭帯などの痛みを感じた時で、いつもおよそ30キロ過ぎである。あるいは、レースに挑む前の緊張した時にかがむ、下を向く、大きな声を出す、などの行為が頻拍を誘導することがあるのである。あるいはロードを走っていて給水のために自動販売機で冷たい缶コーヒーを買って飲んだ途端に頻拍が発生する。あるいはジムでの筋トレ時に瞬間的に大きな力を出した時に発生したこともあった。私がマラソンの報告をホームページでした時に「体調不良」という言葉でタイムの悪さを説明しようとした時、その90%は頻拍が原因であった。しかし、上に書いたようにあちらこちらに痛みが出なければ頻拍にならなかったであろうという想いから、「体調不良」という言葉は決して間違いではなかったのである。
 このような頻拍発生の状況は、どうも自律神経を考えると理解できそうである。特に交感神経は“闘争”や“逃避”のための神経といわれ、瞬時に反応することに意味がある。瞬時に反応して心臓を一瞬のうちに活性化することが必要であり、それはひとつには心拍数や拍出量の急変として表現されるのである。“痛み“、“腹圧の変化”、“緊張感”、“温度変化”、“急激な速度変化“深く大きい呼吸”などなどの精神的、肉体的変化は一瞬のうちに心臓機能を変化させるようになっており、その変化速度に十分に絶えられる若い時はよいが、加齢に伴って対応に限界が出てくると不整脈(頻拍など)が起こるようになるのであろうか。とにかく、あまり急な変化は禁物であり、私は十分に注意はしてきたが、シニアのランナーがするべきでないといわれてきた“最後のラストスパート“などは若者に任せた方がよいのであろう。
 では、何故“遅い伝導路“なるものが存在するのであろうか?速い心拍数を必要とするスポーツ選手、特にマラソンランナーなどがかなり低い心拍数で運動していることが知られている。トレーニングなどによってそのような傾向に心臓自身が向かおうとしていくことと関連しているとの考え方もあるようである。とにかく、遅い伝導路を持たない人もいれば、それを持っていても頻拍にならない人もいるようで、そう簡単に結論が引き出せることはないようである。
あとがき
 手術から3日目に外出してキャンパス内を歩き、軽くジョギングしてはじめて、うまく手術が進んだことを確信し、また走れることの喜びを知ることができた。今回の決断は、生きるためというよりは自分の生活の質(Quality of Life, QOL)を維持するためであったので、私自身には余計にプレッシャーがかかっていたことは事実である。しかし、心臓に問題を抱えていた母親が心不全で突然亡くなるということがあったことも心の片隅にあり、体力のある内にできることはしておこうとの想いもあった。まあ、再発ということもありうることではあるし、隠れていた問題点があらためて表面化することもあり得るであろう。しかし、いまのところ心拍数を130台半ばから140台始めまで上げてみても特に異常は発見できていない。今後どこまで思い切ってスピードをあげて走れるか、どこまで心拍数を上げられるかはこれからの楽しみである。
 
 なお、8月の入院からお世話になった医師の方々、看護師の方々、そして多くのサポートしてくださった方々にここで深く感謝の意を表したい。また、今回の検査・治療に際しては医師3名,看護師3−4名,臨床工学技師2-3名が関わってくださったとのことで感謝の意を表したい。特に分からないことをこと細かく、口うるさく質問させていただいた先生方に対して感謝の言葉もありません。なお、この文章を書くにあたって図などを使わせていただいた南光堂(「ネッター 解剖学アトラス」)、医学書院(「図解生理学」)に対してここに感謝の意を表します。
 
                                 (2010年11月8日)               
追記: 2010年11月11日
上に書いた「不応期」はなんとも困った伝導路の状態と思われるかもしれないが、これは2つの重要な仕事をしている。ひとつはあまりに高い頻度の電気信号の通過を妨げる仕組みのひとつである。つまり、あまり頻度の高い心拍の信号が無制限に通過すれば心筋は十分に応答できない、あるいはできたとしても心室に十分な血液を溜めることなく拍動することとなり、十分量の血液を、ひいては酸素を送ることが難しくなる。これを防止していると考えられる。もうひとつの理由は、心臓のペースメーカーは洞房結節であるが、心房と心室の間にある房室結節もヒス束もプルキンエ繊維も同様に独自に信号を発信できる能力を持っている。それらが勝手に信号を発信すれば心臓は混乱するはずであるが、実は混乱しない。その理由は洞房結節以外から発信される信号頻度は低く、頻度の高い洞房結節からの信号の不応期に当たるために無視されるようになっているおり、心臓の混乱を避けることになる(下図参照。医学書院「系統看護学講座 「解剖生理学」から引用)。しかし、もし洞房結節が何らかの原因で働けなくなると房室結節の信号が有効となるのである。しかし、実際はその信号だけでは問題となるために、ペースメーカーを埋め込んで直接心臓を支配する方法がとられている。