「私とスポーツ」
 「せめて遊びくらい上手になりたい、うまくなりたい」、これが私がスポーツをするときの原動力。ねっこからのスポーツ好きで、男二人、女一人の子供もスポーツ好きに育ててしまいました。私は子供の時からの野球少年で、野球、サッカー・・・あらゆるものが好きです。ただ走るだけというのはと思っていましたが、3年前から体重コントロールのためにジョギングをするようになってからこれも好きになってしまいました。
 この「うまくなりたい」心境が自分にはっきり分かるようになったのはもう15年以上も前の話です。大学を卒業して現在のような職(大学・教官)についてから暫く自分でプレーすることから遠ざかっていたとき、兄の紹介で名古屋・自由が丘にある「自由が丘キラーズ」という野球チームに入ったのがきっかけでした。このチームは30才以上というのが会員の資格制限で、以来みんなの努力で全員が楽しむための独自のルールを持つ日本に類似のチームはないと自負するチームに育っていきました。そんなすばらしいチームでいつまでも若者に負けずにプレーするにはどうしたらよいかがそのころいつも考えていたことでした。それ以来現在も名古屋に帰れば若い人相手に負けずに投げるのがひとつの生きがいです。今も絶対若い人に負けないぞという自信の裏には、はじめに書いた「うまくなりたい」気持ちが、40才前にはスラーダーを、それ以来シンカー、フォークをマスターさせ、走って体力を維持して若い人に対抗させてきたのでしょう。
 そうこうしているうちに、この言葉は「挑戦」ということと同じだと分かってきました。そして何事も「挑戦」だと思うようになりました。仕事の関係でアメリカに留学したこともこれに拍車をかけたように思います。それ以来職場も名古屋から大阪に変わり、仕事の内容も「挑戦」的にする事を心がけるようになってきました。
 スポーツそのものを、スポーツの世界をありのままにみていると、そこは一般社会の縮図でもあることが分かります。そしてスポーツをする人間も、それがプロであれアマチュアであれ、普通の人間の法則に従って行動するのです。私の大学での専門は生物学です。でもこのような生活の結果、私には自分の専門とは全く関係のないもうひとつの仕事が出来てしまいました。「スポーツと人間」、これが私が大学で入学してきた学生のために開いているゼミのタイトルです。いま私の二人の男の子はサッカー選手に、一人の女の子はスキー選手でマラソンランナーになっています。この子供たちや若い学生諸君にスポーツを通して何かを語りたいと思っています。私は単身赴任をいいことに、昨日高槻の自宅から大学までの25kmを走ってしまい、女房に文句をいわれてしまいました。すこしやり過ぎでしょうか?でも「挑戦」が楽しいんですからいいんです。(1995年10月10日)